Jakob Nielsen, Die Isomorphismengruppe der freien Gruppen,1924
「自由」の概念は圏論の随伴という概念によって一般化されます.「自由」は随伴関手の典型です.
Nielsenの「自由」
独立・生成と線形独立・張る
Nielsenによる「自由」とは,独立した(independent)生成系(generator)を持つことです.線形代数の文脈のほうが分かりやすいかもしれません.有限個のベクトルについて線形独立である,または,ベクトル空間を張る(生成する)という性質がありますが,独立と生成はこれらと重なっています.線形代数では「自由」はあまり登場しませんが,基底(base)を持つという性質はこれに対応しています.基底とは線形独立な生成系でした.群論 | 生成する | 独立である | 自由である |
---|---|---|---|
線形代数 | 張る(生成する) | 線形独立である | 基底を持つ |
命名理由?
余談ですが,「自由」という命名は独立と生成の組み合わせから来ていると思われます.イギリスの哲学者Isaiah Berlinが『自由論』で自由を消極的自由(選択を強制されない)と積極的自由(自ら選択できる)に区別しましたが,従属の否定形であるところの独立と代数系を構成する働きである生成が組み合わさっているという意味で,確かに自由と呼ぶのに相応しいでしょう.代数 | 生成 | 独立 | 自由 |
---|---|---|---|
『自由論』 | 積極的自由 | 消極的自由 | 自由 |
圏論の「自由」
自由関手と忘却関手
ある集合を基底として自由群を生成することができます.これは集合の圏から群の圏への関手を与えます.これを自由関手(free functor)と呼びます.$$F : \mathbf{Set} \rightarrow \mathbf{Grp}, X \mapsto F(X).$$
ベクトル空間についても同様に自由関手が考えられます.この場合,自由関手は集合の圏からベクトル空間の圏への関手であり,n個の要素からなる集合からn次元標準ベクトル空間を生成します.
$$F : \mathbf{Set} \rightarrow \mathbf{Vect}, n \mapsto K^n.$$
自由関手は忘却関手(forgetful functor)の左随伴です.忘却関手とはある代数系に対してその代数構造を忘れた集合を与える関手のことです.たとえば群$G$に対してその台集合(underlying set)$|G|$を考えましょう.$|G|$は代数構造を持たない集合です.これは次のような関手の定義を与えます.
$$U : \mathbf{Grp} \rightarrow \mathbf{Set}, G \mapsto |G|.$$
自由関手と忘却関手が随伴関係にあることは次のような式で表現できます.
$$X \rightarrow U(A) \iff F(X) \rightarrow A .$$
ベクトル空間では
ベクトル空間では
$$n \rightarrow V \iff K^n \rightarrow V$$
であり,群では
$$X \rightarrow G \iff F(X) \rightarrow G$$
です.
拡張と表現
ベクトル空間の例を考えましょう.n個のベクトルが与えられたとき,この諸ベクトルを線形写像に拡張(extension)することを考えます.体$K$上のベクトル空間$V$と$n$個のベクトル$v_0, v_1, \cdots, v_{n-1} \in V$を考えます.この$n$個のベクトルを関数$v : n \rightarrow V, i \mapsto v_i$によって代表させましょう.ただし,$n = \{0, 1, \cdots, n-1 \}$です.線形写像$\hat{v} : K^n \rightarrow V$を次のように定義します.
$$\hat{v} : K^n \rightarrow V, \xi \mapsto \sum_{i = 0}^{n - 1}\xi_{i} v_{i}. $$
諸ベクトルが線形写像に拡張されました.
$$v: n \rightarrow V \Rightarrow \hat{v} : K^n \rightarrow V.$$
表現(representation)という操作があります.線形写像$f : K^n \rightarrow V$を$n$個のベクトル$$f(e_0), f(e_1), \cdots, f(e_{n-1}) \in V$$で表現できます.ただし,$e_0, e_1, \cdots, e_{n-1} \in K^n$は標準基底です.これを関数$e : n \rightarrow K^n, i \mapsto e_i$に代表させると$f$の表現は合成$f \circ e : n \rightarrow V, i \mapsto f(e_i)$で表されるでしょう.
$$f: K^n \rightarrow V \Rightarrow f \circ e : n \rightarrow V.$$
拡張と表現,この2つの操作は互いに逆操作になっています.つまり,任意の諸ベクトルはそれを拡張して得られた線形写像を表現する諸ベクトルと等しく,任意の線形写像はそれを表現する諸ベクトルを拡張した線形写像と等しいです.これが先に提示した自由と忘却の随伴性の意味です.
$$n \rightarrow V \iff K^n \rightarrow V.$$
独立と生成の再整理
さて,独立(線形独立)と生成(張る)は拡張によって次のように整理することができます.$v$ | 生成する | 独立である | 基底である |
---|---|---|---|
$\hat{v}$ | 全射である | 単射である | 全単射である(同型である) |
Nielsenによる自由は独立した生成系=基底を持つことでした.$n$次元標準ベクトル空間$K^n$では標準基底$e : n \rightarrow K^n, i \mapsto e_i$がそれに相当します.$e$の拡張は恒等写像$id_{K^n} : K^n \rightarrow K^n$です.恒等写像が全単射であることは自明でしょう.
その他の自由代数
自由代数の例
自由代数の例は至るところにあります.その一部を挙げましょう.代数 | 基底 | 自由代数 | 拡張前 | 拡張後 |
---|---|---|---|---|
ベクトル空間 | $n = \{0,1,\cdots,n-1\}$ | $n$次元標準ベクトル空間$K^n$ | $v : i \mapsto v_i$ | $\hat{v} : \xi \mapsto \sum_{i=0}^{n-1}\xi_{i}v_{i}$ |
群 | $1 = \{0\}$ | 整数全体$\mathbb{Z}$ | $x \in G$ | 指数関数$\hat{x} : m \mapsto x^m$ |
群 | $X$ | 自由群$F(X)$ | $f : X \rightarrow G$ | $\hat{f} : F(X) \rightarrow G$ |
モノイド | $1 = \{0\}$ | 自然数全体$\mathbb{N}$ | $x \in M$ | 指数関数$\hat{x} : m \mapsto x^m$ |
モノイド | アルファベット$\Sigma$ | 文字列全体$\Sigma^*$ | $f : \Sigma \rightarrow M$ | $\hat{f} : \Sigma^* \rightarrow M$ |
可換冪等モノイド | $X$ | 冪集合$\mathcal{P}(X)$ | $f : X \rightarrow M$ | $\hat{f} : X' \mapsto \bigcup_{x \in X'} f(x) $ |
自由ではない代数の例
自由ではない代数もあります.たとえば,真理値集合$2 = \{0,1\}$は$\lor$によってモノイドになりますが,自由ではありません.$\{\}, \{0\}, \{1\}, \{0,1\} \subseteq 2$がすべて基底ではないからです.生成 | 独立 | |
---|---|---|
$\{\}$ | no | yes |
$\{0\}$ | no | no |
$\{1\}$ | no | no |
$\{0, 1\}$ | yes | no |
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